第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環
第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環 熊谷道夫
1.琵琶湖の深呼吸
滋賀大学名誉教授の岡本巌氏は、冬に琵琶湖の水が上下によく混合し、湖底の酸素濃度が回復することを、「深呼吸」と呼びました。この混合を、陸水学では全循環と言います。琵琶湖は、一年に一度、深呼吸をする「一回循環湖」として知られています。これとは別に、冬に湖面が凍結するバイカル湖などは、凍る前後の秋と春に、二回循環します。また、熱帯地方にある湖は、表面の水温が常に湖底の水温より暖かく、一年を通じて、全循環することはありません。
では、どのようにして、琵琶湖は深呼吸するのでしょうか。湖底付近の酸素の少ない水を、酸素の豊富な表面の水で置き換えるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを供給するのは、気温の低下です。秋から冬にかけて、季節風の吹き出しとともに、湖面や湖岸が冷却されます。また、湖内に流入する融雪水の影響も無視できません。これらを整理すると、図1のようになります。
最近の研究によると、湖底に冷たい水を供給するのにもっとも効果的なのは、湖岸冷却だと言われています。しかし、冷たい河川水の流入や、強い風のはたらきが、表面の冷たい水を効率的に下方に運ぶという研究もあります。

図1:琵琶湖の全循環が起こる仕組みです。湖面の水が冷やされる場合、そして、川から冷たい融雪水がもぐりこむ場合が考えられます。
2.密度流
1月から2月にかけての河川水は、湖水より密度が重い場合が多く、湖岸周辺の冷たくなった水を巻き込んで潜り込むので、河川から供給される以上の冷水を湖底に運ぶことがわかってきました。
また、1mから2mの厚さで湖底に沿って湖心に流れ込む河川水は、湖底近くに冷たくて酸素の多い水の薄い膜を形成し、湖底泥の影響が直接湖水に及ぶのを抑制する効果を持っているので、たとえ河川からの供給量が少なくても琵琶湖の環境にとってはとても重要だと言えます。
このように、密度の重い水が、軽い水の下に潜り込む流れを、密度流と呼びます。琵琶湖では、たとえば、冬期には、南湖の水が冷やされて、北湖に向かって逆流します。その量は大きく、毎秒数百トンに及ぶといわれています。しかし、琵琶湖で完全に全循環が起こるには、ほぼ1ヶ月にわたって、毎秒数千トンの水の入れ替わりが必要なのです。これは膨大なエネルギーです。
姉川から流れ込む融雪水も密度流です。この場合、河川水と湖水の密度差はあまり大きくないので、湖底まで到達しないという意見があります。しかし、それは正しくありません。密度流が湖底に沿ってどのように流入するかは、密度差だけで決まるのではなく、貫入する水の流速にも依存しています。密度差が小さくても、流れがゆっくりしていれば、湖底まできれいに水は流れ込みます。逆に、密度差が大きくても、流れが速ければ、周りの水を巻き込みやすいので、途中で上昇し始めます(写真)。このように、微妙な流れと密度のバランスによって、融雪水は湖に潜り込むのです。

写真:密度流の実験。左は底まで届くが、右は途中までしか届きません。
なぜ、このような違いが起こるのでしょうか。
3.デッドゾーンの増加
湖底や海底の溶存酸素濃度が低下した水域のことを、デッドゾーン(死の水域)と呼んでいます。つまり、魚貝類の生息に適さない場所ということです。サイエンスに掲載された論文によると、1990年代に入ってから、このようなデッドゾーンの数が世界中で急速に増えています(図2)。一体、何が起こっているのでしょうか。
溶存酸素濃度が減少する理由には、酸素消費の増加と、酸素供給の減少が挙げられます。溶存酸素の多くは、湖底にたまった有機物がバクテリアによって分解されるときに消費されますから、たとえば富栄養化が進行して、湖底に多くの有機物が堆積した場所は、酸欠になりやすいのです。一方、酸素の供給は、先ほど述べた冬期の循環に依存しています。
最近のように、地球温暖化が進行すると、冬期の気温が下がらなくなり、全循環が発生しなくなるので、湖底まで酸素が供給されにくくなります。溶存酸素の低下は、生物の斃死をもたらすだけでなく、底にたまった栄養塩や重金属の溶出をもたらします。人間で言えば、心不全の手前といえます。琵琶湖が、まさにこのような状況に差しかかりつつあることを、私たちは今、深刻に捉え警告を発しています。

図2 これまで学術雑誌で報告されたデッドゾーンの積算数。
10年毎の階数で表示している。1960年以降は、10年ごとに2倍ずつ増加している。
(Diaz and Rosenberg,2008を改変)
一口メモ
水の混合
水は、なかなか混じりにくい性質を持っています。たとえば、アマゾン川には白い川と黒い川があり、両方の川が出合ってからも、数キロにわたって混じりあうことなく平行して流れます。琵琶湖でも、高時川と姉川が合流すると、色の濃さの違った水がずっと下流まで流れていきます。水が混合するためには、お風呂の水をかき混ぜるように、何かの力が必要です。それは、風の力だったり、水流の強さだったりします。混じりやすい状態のことを物理学では、不安定な状態と呼んでおり、よく混合した水の中では、密度はほぼ一定です。一方、安定な状態の水は混じりにくいといえます。地球温暖化が進行すると、海洋や湖沼の表面水は熱せられて、安定になります。こうして、上下に混合しにくくなるので、底では酸素不足になりやすいのです。
1.琵琶湖の深呼吸
滋賀大学名誉教授の岡本巌氏は、冬に琵琶湖の水が上下によく混合し、湖底の酸素濃度が回復することを、「深呼吸」と呼びました。この混合を、陸水学では全循環と言います。琵琶湖は、一年に一度、深呼吸をする「一回循環湖」として知られています。これとは別に、冬に湖面が凍結するバイカル湖などは、凍る前後の秋と春に、二回循環します。また、熱帯地方にある湖は、表面の水温が常に湖底の水温より暖かく、一年を通じて、全循環することはありません。
では、どのようにして、琵琶湖は深呼吸するのでしょうか。湖底付近の酸素の少ない水を、酸素の豊富な表面の水で置き換えるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを供給するのは、気温の低下です。秋から冬にかけて、季節風の吹き出しとともに、湖面や湖岸が冷却されます。また、湖内に流入する融雪水の影響も無視できません。これらを整理すると、図1のようになります。
最近の研究によると、湖底に冷たい水を供給するのにもっとも効果的なのは、湖岸冷却だと言われています。しかし、冷たい河川水の流入や、強い風のはたらきが、表面の冷たい水を効率的に下方に運ぶという研究もあります。

図1:琵琶湖の全循環が起こる仕組みです。湖面の水が冷やされる場合、そして、川から冷たい融雪水がもぐりこむ場合が考えられます。
2.密度流
1月から2月にかけての河川水は、湖水より密度が重い場合が多く、湖岸周辺の冷たくなった水を巻き込んで潜り込むので、河川から供給される以上の冷水を湖底に運ぶことがわかってきました。
また、1mから2mの厚さで湖底に沿って湖心に流れ込む河川水は、湖底近くに冷たくて酸素の多い水の薄い膜を形成し、湖底泥の影響が直接湖水に及ぶのを抑制する効果を持っているので、たとえ河川からの供給量が少なくても琵琶湖の環境にとってはとても重要だと言えます。
このように、密度の重い水が、軽い水の下に潜り込む流れを、密度流と呼びます。琵琶湖では、たとえば、冬期には、南湖の水が冷やされて、北湖に向かって逆流します。その量は大きく、毎秒数百トンに及ぶといわれています。しかし、琵琶湖で完全に全循環が起こるには、ほぼ1ヶ月にわたって、毎秒数千トンの水の入れ替わりが必要なのです。これは膨大なエネルギーです。
姉川から流れ込む融雪水も密度流です。この場合、河川水と湖水の密度差はあまり大きくないので、湖底まで到達しないという意見があります。しかし、それは正しくありません。密度流が湖底に沿ってどのように流入するかは、密度差だけで決まるのではなく、貫入する水の流速にも依存しています。密度差が小さくても、流れがゆっくりしていれば、湖底まできれいに水は流れ込みます。逆に、密度差が大きくても、流れが速ければ、周りの水を巻き込みやすいので、途中で上昇し始めます(写真)。このように、微妙な流れと密度のバランスによって、融雪水は湖に潜り込むのです。

写真:密度流の実験。左は底まで届くが、右は途中までしか届きません。
なぜ、このような違いが起こるのでしょうか。
3.デッドゾーンの増加
湖底や海底の溶存酸素濃度が低下した水域のことを、デッドゾーン(死の水域)と呼んでいます。つまり、魚貝類の生息に適さない場所ということです。サイエンスに掲載された論文によると、1990年代に入ってから、このようなデッドゾーンの数が世界中で急速に増えています(図2)。一体、何が起こっているのでしょうか。
溶存酸素濃度が減少する理由には、酸素消費の増加と、酸素供給の減少が挙げられます。溶存酸素の多くは、湖底にたまった有機物がバクテリアによって分解されるときに消費されますから、たとえば富栄養化が進行して、湖底に多くの有機物が堆積した場所は、酸欠になりやすいのです。一方、酸素の供給は、先ほど述べた冬期の循環に依存しています。
最近のように、地球温暖化が進行すると、冬期の気温が下がらなくなり、全循環が発生しなくなるので、湖底まで酸素が供給されにくくなります。溶存酸素の低下は、生物の斃死をもたらすだけでなく、底にたまった栄養塩や重金属の溶出をもたらします。人間で言えば、心不全の手前といえます。琵琶湖が、まさにこのような状況に差しかかりつつあることを、私たちは今、深刻に捉え警告を発しています。

図2 これまで学術雑誌で報告されたデッドゾーンの積算数。
10年毎の階数で表示している。1960年以降は、10年ごとに2倍ずつ増加している。
(Diaz and Rosenberg,2008を改変)
一口メモ
水の混合
水は、なかなか混じりにくい性質を持っています。たとえば、アマゾン川には白い川と黒い川があり、両方の川が出合ってからも、数キロにわたって混じりあうことなく平行して流れます。琵琶湖でも、高時川と姉川が合流すると、色の濃さの違った水がずっと下流まで流れていきます。水が混合するためには、お風呂の水をかき混ぜるように、何かの力が必要です。それは、風の力だったり、水流の強さだったりします。混じりやすい状態のことを物理学では、不安定な状態と呼んでおり、よく混合した水の中では、密度はほぼ一定です。一方、安定な状態の水は混じりにくいといえます。地球温暖化が進行すると、海洋や湖沼の表面水は熱せられて、安定になります。こうして、上下に混合しにくくなるので、底では酸素不足になりやすいのです。
第2話 顕在化するアオコ毒による生物への影響
第2話 顕在化するアオコ毒による生物への影響 熊谷道夫
1.湖底に広がる冷水層

2008年2月15日に、私たちは、琵琶湖の広域調査を行いました。そのとき、湖底から2~3mの厚さで、冷たい水が流入していることを発見しました(図1)。この冷水の主な流入源は姉川でした。このことは、前回お話した、積雪水量と湖内のリン酸態リン総量の関係をよく説明しています。つまり、冷たい雪解け水は、湖岸の冷水を巻き込みながら湖底に沿って流れ、やがて湖底を薄い層で覆います。このようにして形成された冷水層が、湖底の多くの面積を占める時には、湖底からの溶出が抑えられるので、リン酸態リン総量も低下すると思われます。反対に、融雪水が少ない年には、冷水が湖底を覆う効果が十分機能しないので、多くのリンが湖底から溶出する可能性があります。
このシナリオは、今後さらに検証を必要としています。しかし、琵琶湖では、1960年代後半から1980年代の前半にかけて、外部からの栄養塩流入の増加に伴う富栄養化の最盛期を過ぎ、積雪水量の減少と水温成層の強化という地球温暖化の影響を強く受け始め、湖底からのリン溶出という内部負荷の増大を懸念しなければならない新たな段階に進んできたと言えます。
かつて琵琶湖研究所に在籍した高橋幹夫氏は、湖内に流入するリン酸態リンが、水中の鉄と結合することを示しました。また、京都大学の手塚泰彦氏は、植物プランクトンによるリンの急速な取り込みを示しました。いずれの場合にも、湖内へ流入したリン酸態リンは、固体となって湖底に沈降します。
同じ琵琶湖研究所の前田広人氏は、湖底泥中の溶存酸素濃度が減少すると、栄養塩が底泥から溶出することを明らかにしました。湖底から多くのリンが溶出すると、どのようなことが起こるのでしょうか。
2.アオコを形成する植物プランクトン
琵琶湖南湖で初めてアオコの発生が確認されたのは、1983年、第1回世界湖沼会議が大津で開催された年でした。アオコというのは、藍藻類のアナベナやミクロキスティスといった浮遊性の植物プランクトンが、富栄養化によって大量に増殖し、湖面を緑色に覆う現象をさします。
1993年夏、世界の湖沼研究者が集まって、琵琶湖国際共同観測が行われました。このとき、台風の通過した後に、南湖で発生したミクロキスティスが、北湖へと輸送される現象を観測しました(図2)。そして、1994年、北湖でもアオコの発生が公式に報告されました。アオコが発生しやすいのは、種になる植物プランクトン(ミクロキスティスなど)が存在すること、水温が高いこと、栄養塩(特にリン)が多いこと、などがあげられています。
すでにアオコを作る植物プランクトンの種は、琵琶湖南湖だけでなく、北湖全体に広がっていると考えてよいでしょう。琵琶湖環境科学研究センターの石川可奈子氏は、第一環流の中心にもミクロキスティスが存在することを示しました。このように栄養が多い湖岸で増殖した植物プランクトンが、水の流れにのって湖心にまで広がるのです。

図2 1993年8月24日から9月12日に測定された琵琶湖大橋の流量(北向き正)と、
南湖と北湖におけるミクロキスティスの密度変化
3.アオコ毒の広がり
アオコを作る植物プランクトンであるミクロキスティス・エルギノーサは、ミクロシスチンという強い肝臓毒を生成します。信州大学の朴虎東氏は、2000年と2007年の2回にわたって、琵琶湖北湖におけるアオコ毒を測定しました。それによると、ミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度は、0.2~0.4ピコグラムであり、諏訪湖におけるミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度0.5ピコグラムに近い、高い濃度を示すことがわかりました。このような、高いアオコ毒の生産能力を有するミクロキスティスが、栄養塩濃度が高い水域で、増殖し、風によって集積すれば、生物を死亡させる可能性があります。
実際、2007年に、米原市磯漁港で死亡した合鴨の体内から、高濃度のミクロシスチンが検出されました。直接的な死因とは断定できませんが、死亡した生物の体内からアオコ毒が検出されたわが国における最初の事例です。
すでに、アオコを形成する植物プランクトンの種は、琵琶湖全体に広がっています。リンを中心とする栄養塩も、湖底に多く堆積してします。今後、温暖化が進行すれば、湖底から多くのリンが溶出し、アオコ毒を生成するミクロキスティスなどが増えることも予想されています。注意が必要です。
一口メモ
環流(かんりゅう)
琵琶湖北湖の環流は、世界の湖沼の中でも最も美しい形をしています。この環流は、1925年の8月、神戸海洋気象台によって発見されました。夏期の環流は、北から反時計回りの第一環流、時計回りの第二環流、反時計回りの第三環流といわれていますが、安定的に観測されるのは第一環流だけです。また、最近は、冬期に時計回りの環流が見つけられていますが、夏期ほど安定はしていません。これらの環流の成因は、風と熱の両方が、ほぼ同じくらい作用していると思われます。
1.湖底に広がる冷水層

2008年2月15日に、私たちは、琵琶湖の広域調査を行いました。そのとき、湖底から2~3mの厚さで、冷たい水が流入していることを発見しました(図1)。この冷水の主な流入源は姉川でした。このことは、前回お話した、積雪水量と湖内のリン酸態リン総量の関係をよく説明しています。つまり、冷たい雪解け水は、湖岸の冷水を巻き込みながら湖底に沿って流れ、やがて湖底を薄い層で覆います。このようにして形成された冷水層が、湖底の多くの面積を占める時には、湖底からの溶出が抑えられるので、リン酸態リン総量も低下すると思われます。反対に、融雪水が少ない年には、冷水が湖底を覆う効果が十分機能しないので、多くのリンが湖底から溶出する可能性があります。
このシナリオは、今後さらに検証を必要としています。しかし、琵琶湖では、1960年代後半から1980年代の前半にかけて、外部からの栄養塩流入の増加に伴う富栄養化の最盛期を過ぎ、積雪水量の減少と水温成層の強化という地球温暖化の影響を強く受け始め、湖底からのリン溶出という内部負荷の増大を懸念しなければならない新たな段階に進んできたと言えます。
かつて琵琶湖研究所に在籍した高橋幹夫氏は、湖内に流入するリン酸態リンが、水中の鉄と結合することを示しました。また、京都大学の手塚泰彦氏は、植物プランクトンによるリンの急速な取り込みを示しました。いずれの場合にも、湖内へ流入したリン酸態リンは、固体となって湖底に沈降します。
同じ琵琶湖研究所の前田広人氏は、湖底泥中の溶存酸素濃度が減少すると、栄養塩が底泥から溶出することを明らかにしました。湖底から多くのリンが溶出すると、どのようなことが起こるのでしょうか。
2.アオコを形成する植物プランクトン
琵琶湖南湖で初めてアオコの発生が確認されたのは、1983年、第1回世界湖沼会議が大津で開催された年でした。アオコというのは、藍藻類のアナベナやミクロキスティスといった浮遊性の植物プランクトンが、富栄養化によって大量に増殖し、湖面を緑色に覆う現象をさします。
1993年夏、世界の湖沼研究者が集まって、琵琶湖国際共同観測が行われました。このとき、台風の通過した後に、南湖で発生したミクロキスティスが、北湖へと輸送される現象を観測しました(図2)。そして、1994年、北湖でもアオコの発生が公式に報告されました。アオコが発生しやすいのは、種になる植物プランクトン(ミクロキスティスなど)が存在すること、水温が高いこと、栄養塩(特にリン)が多いこと、などがあげられています。
すでにアオコを作る植物プランクトンの種は、琵琶湖南湖だけでなく、北湖全体に広がっていると考えてよいでしょう。琵琶湖環境科学研究センターの石川可奈子氏は、第一環流の中心にもミクロキスティスが存在することを示しました。このように栄養が多い湖岸で増殖した植物プランクトンが、水の流れにのって湖心にまで広がるのです。

図2 1993年8月24日から9月12日に測定された琵琶湖大橋の流量(北向き正)と、
南湖と北湖におけるミクロキスティスの密度変化
3.アオコ毒の広がり
アオコを作る植物プランクトンであるミクロキスティス・エルギノーサは、ミクロシスチンという強い肝臓毒を生成します。信州大学の朴虎東氏は、2000年と2007年の2回にわたって、琵琶湖北湖におけるアオコ毒を測定しました。それによると、ミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度は、0.2~0.4ピコグラムであり、諏訪湖におけるミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度0.5ピコグラムに近い、高い濃度を示すことがわかりました。このような、高いアオコ毒の生産能力を有するミクロキスティスが、栄養塩濃度が高い水域で、増殖し、風によって集積すれば、生物を死亡させる可能性があります。
実際、2007年に、米原市磯漁港で死亡した合鴨の体内から、高濃度のミクロシスチンが検出されました。直接的な死因とは断定できませんが、死亡した生物の体内からアオコ毒が検出されたわが国における最初の事例です。
すでに、アオコを形成する植物プランクトンの種は、琵琶湖全体に広がっています。リンを中心とする栄養塩も、湖底に多く堆積してします。今後、温暖化が進行すれば、湖底から多くのリンが溶出し、アオコ毒を生成するミクロキスティスなどが増えることも予想されています。注意が必要です。
一口メモ
環流(かんりゅう)
琵琶湖北湖の環流は、世界の湖沼の中でも最も美しい形をしています。この環流は、1925年の8月、神戸海洋気象台によって発見されました。夏期の環流は、北から反時計回りの第一環流、時計回りの第二環流、反時計回りの第三環流といわれていますが、安定的に観測されるのは第一環流だけです。また、最近は、冬期に時計回りの環流が見つけられていますが、夏期ほど安定はしていません。これらの環流の成因は、風と熱の両方が、ほぼ同じくらい作用していると思われます。
