第7話 びわ湖への想い
第7話 びわ湖への想い
1.経済破綻から学ぶこと
最近、グローバルウォーミング(地球温暖化)のように、「グローバル」という言葉が盛んに用いられています。これは、グローブ(球体、地球)という言葉から派生し、現在では主に「地球規模」という意味で用いられています。
地球は丸いので、グローバリズムには際限がないように思われますが、決して無限ではありません。私たちは、太陽エネルギーの恵みを得て、地球上で暮らしています。ですから、今のところ地球上で生産される物質以上に、人類が増える続けることはできないのです。
ところで、地球の人口は、現在、何人かご存知でしょうか。図にも示したとおり、2008年に69億人でした。紀元ゼロ年には2億人くらいで、1900年には16億人でしたから、20世紀になってから急激に増加したことがわかります。今後もさらに増え続け、2050年には、93億人になると予想されています。
現在起こっている環境問題の最大の要因は、人口があまりにも急激に増えすぎた点にあります。このことによって、多くのエネルギーが消費され、それを補うために、さらなる生産が繰りかえされました。実体から離れた過剰な投資は、生産の余剰を産み、余ったものが環境を汚し始めました。誰もが、より豊かな生活を、という発想で進めてきた開発や投資があだとなったわけです。
今、びわ湖の湖底で起こっているやっかいな問題の多くは、このような急激な経済成長が原因となっています。農薬起源のダイオキシンや石油起源の多環芳香族などが湖底に蓄積しています。また、人間活動の拡大が、富栄養化や温暖化をもたらし、湖底や海底付近に低酸素水塊を作り出してきました。私たちは、一体、どうすればよいのでしょうか。

図 世界人口の変化
2.知識から知恵へ
私たちの周辺から手つかずの自然がなくなり、人間活動から出てきたさまざまなゴミや汚れものがびわ湖の底にたまっています。そういう意味で、びわ湖は慢性的な疾患を抱えていると言えます。
びわ湖は、世界に誇れる、とてもすばらしい湖です。古代湖でもあり、びわ湖固有の生物もたくさん住んでいます。しかし、私たちは、びわ湖の実態を完全に知っているわけではありません。何がすばらしいのか、そして、何が問題なのかを知るという努力を、もっとする必要があります。
何回も述べてきましたが、びわ湖の湖底付近の溶存酸素濃度が急激に低下してきています。残念ながら、地球温暖化に歯止めがかからない限り、改善する可能性はありません。私たち科学者は、100年後の人々のために、このような事実を知らせ、警告を発し、記録を残すことが責務だと考えています。
陽明学に、知行合一(ちこうごういつ)という教えがあります。これは、「知っていて行動しないのは、知らないことと同じである」という考えです。科学は、万物の理(ことわり)を知ることを目的とします。しかし、100%知ることは困難なことです。不確かな情報であっても、共有し、議論し、選択し、行動しなければ、環境問題の解決はありえないのです。仏教では、判断し、選択することを「知恵」と呼びます。知識を知恵に変える努力が必要です。
3.終章
もっと多くの人にびわ湖のことを知ってもらうために、私たちは、NPO法人びわ湖トラストを立ち上げました。この活動の中で、1泊2日の湖上大学を開催しようと考えています。少しでも多くの人にびわ湖に来ていただき、湖底を見てもらい、どうしたらよいかを一緒に考えるきっかけになれば、と思って企画しています。ぜひ参加してください。びわ湖には、まだまだ未知の現象が残っており、それらを知ることはとても楽しいことです。びわ湖から世界へ、ローカルとグローバルの架け橋となればよいと思います。
一口メモ
【知行合一】
「ちこうごういつ」と読みます。「すべてを知ってから行動する」と教える朱子学に対して、「知ることと行動することは表裏一体である」という陽明学の教えです。中国明代の王陽明(1472年 - 1528年)が創始した実践的な学問ですが、日本では、近江に生まれた中江藤樹(1608-1648)が広めたことで有名です。もともと儒教というのは実践的でしたが、その後、中国や韓国における封建時代に、儒学の中の朱子学が国家学問になり、一般民衆から離れたものになっていきました。日本でも朱子学は幕府の御用学問になっていました。しかし、社会制度の腐敗や崩壊に伴い、身分に関係なく陽明学の精神に目覚める人たちが増えてきました。現在、台湾や日本で、陽明学の研究がブームになっています。

熊谷道夫
1.経済破綻から学ぶこと
最近、グローバルウォーミング(地球温暖化)のように、「グローバル」という言葉が盛んに用いられています。これは、グローブ(球体、地球)という言葉から派生し、現在では主に「地球規模」という意味で用いられています。
地球は丸いので、グローバリズムには際限がないように思われますが、決して無限ではありません。私たちは、太陽エネルギーの恵みを得て、地球上で暮らしています。ですから、今のところ地球上で生産される物質以上に、人類が増える続けることはできないのです。
ところで、地球の人口は、現在、何人かご存知でしょうか。図にも示したとおり、2008年に69億人でした。紀元ゼロ年には2億人くらいで、1900年には16億人でしたから、20世紀になってから急激に増加したことがわかります。今後もさらに増え続け、2050年には、93億人になると予想されています。
現在起こっている環境問題の最大の要因は、人口があまりにも急激に増えすぎた点にあります。このことによって、多くのエネルギーが消費され、それを補うために、さらなる生産が繰りかえされました。実体から離れた過剰な投資は、生産の余剰を産み、余ったものが環境を汚し始めました。誰もが、より豊かな生活を、という発想で進めてきた開発や投資があだとなったわけです。
今、びわ湖の湖底で起こっているやっかいな問題の多くは、このような急激な経済成長が原因となっています。農薬起源のダイオキシンや石油起源の多環芳香族などが湖底に蓄積しています。また、人間活動の拡大が、富栄養化や温暖化をもたらし、湖底や海底付近に低酸素水塊を作り出してきました。私たちは、一体、どうすればよいのでしょうか。

図 世界人口の変化
2.知識から知恵へ
私たちの周辺から手つかずの自然がなくなり、人間活動から出てきたさまざまなゴミや汚れものがびわ湖の底にたまっています。そういう意味で、びわ湖は慢性的な疾患を抱えていると言えます。
びわ湖は、世界に誇れる、とてもすばらしい湖です。古代湖でもあり、びわ湖固有の生物もたくさん住んでいます。しかし、私たちは、びわ湖の実態を完全に知っているわけではありません。何がすばらしいのか、そして、何が問題なのかを知るという努力を、もっとする必要があります。
何回も述べてきましたが、びわ湖の湖底付近の溶存酸素濃度が急激に低下してきています。残念ながら、地球温暖化に歯止めがかからない限り、改善する可能性はありません。私たち科学者は、100年後の人々のために、このような事実を知らせ、警告を発し、記録を残すことが責務だと考えています。
陽明学に、知行合一(ちこうごういつ)という教えがあります。これは、「知っていて行動しないのは、知らないことと同じである」という考えです。科学は、万物の理(ことわり)を知ることを目的とします。しかし、100%知ることは困難なことです。不確かな情報であっても、共有し、議論し、選択し、行動しなければ、環境問題の解決はありえないのです。仏教では、判断し、選択することを「知恵」と呼びます。知識を知恵に変える努力が必要です。
3.終章
もっと多くの人にびわ湖のことを知ってもらうために、私たちは、NPO法人びわ湖トラストを立ち上げました。この活動の中で、1泊2日の湖上大学を開催しようと考えています。少しでも多くの人にびわ湖に来ていただき、湖底を見てもらい、どうしたらよいかを一緒に考えるきっかけになれば、と思って企画しています。ぜひ参加してください。びわ湖には、まだまだ未知の現象が残っており、それらを知ることはとても楽しいことです。びわ湖から世界へ、ローカルとグローバルの架け橋となればよいと思います。
一口メモ
【知行合一】
「ちこうごういつ」と読みます。「すべてを知ってから行動する」と教える朱子学に対して、「知ることと行動することは表裏一体である」という陽明学の教えです。中国明代の王陽明(1472年 - 1528年)が創始した実践的な学問ですが、日本では、近江に生まれた中江藤樹(1608-1648)が広めたことで有名です。もともと儒教というのは実践的でしたが、その後、中国や韓国における封建時代に、儒学の中の朱子学が国家学問になり、一般民衆から離れたものになっていきました。日本でも朱子学は幕府の御用学問になっていました。しかし、社会制度の腐敗や崩壊に伴い、身分に関係なく陽明学の精神に目覚める人たちが増えてきました。現在、台湾や日本で、陽明学の研究がブームになっています。

写真
3年毎に開催される国際理論応用陸水学会で、熊谷はBaldi Lectureを受賞し、世界の湖沼問題と関連したびわ湖の実情についての講演を行いました(2007年8月カナダ・モントリオール)。
また、2012年には、先進陸水海洋学会(ASLO)が、大津で開催されます。
今、世界の人々が、びわ湖に着目しています。
私たちは、逃げるわけにはいかないのです。
第4話 深底部での酸素低下はなぜ起こるか
第4話 深底部での酸素低下はなぜ起こるか 熊谷道夫
1.メタンガスの発生
2004年5月10日、安曇川沖水深60-70m付近を探査していた淡探(たんたん)が、湖底から吹き出るメタンガスの撮影に成功しました。淡探は、琵琶湖の環境監視を目的として製造された自律型潜水ロボットで、運用ベースで利用されている世界で唯一つの環境監視ロボットです。自律型というのは、ケーブルや無線などを用いて外からの信号で操作するのではなく、内部に備えたコンピューターの指令に従って動作するロボットを意味します(写真)。
その後、実験調査船はっけん号に取り付けられた計量科学魚探の信号からも、琵琶湖のあちこちでメタンガスが湖底から噴出していることがわかってきました。このことは、湖底泥の中の酸素がなくなり、嫌気状態が一層進んでいることを示しています。


淡探で撮影した湖底からのメタンガスの噴出画像
2.底泥酸素要求量
同じ程度の大きさと深さをもつ世界の湖の中で、琵琶湖はもっとも酸素消費量の多い湖です(図1)。それは、集水域から流入してくるリンや窒素といった栄養塩の量が、他の湖沼に比べて多く、その結果、植物プランクトンによる内部生産量が高いことが主因ですが、そのほかに、1960年代から70年代にかけての富栄養化の時代に急激に増えた生物の死骸などが、たっぷりと湖底に溜まったことも原因しています。最大水深が104mなので、有機物が完全に分解する前に湖底に貯まってしまうのです。
一方、琵琶湖では、1987年の転換期を経て、湖水が上下に混じりにくくなり、湖底への酸素供給も少なくなりました。このことが、湖底泥の無酸素化に拍車をかけています。
湖底に降ってきた有機物は、バクテリアによってゆっくりと分解されます。これを、底泥酸素要求量(SOD)と言います。琵琶湖の湖底付近では、一年間に、水1リットル中の溶存酸素が7.0~10.0mg消費されます。湖底付近における溶存酸素飽和度は、1リットル中で10.0mg前後ですので、冬の全循環による酸素回復が十分でなければ、次の年には、確実に湖底は酸欠になるわけです。泥の中には酸素が入りにくいので、もっと早く無酸素化します。この結果、湖底から、窒素やリン、硫化水素、メタンガスなどが次々と溶出してきます。

図1 世界の主要な湖沼におけるみかけの溶存酸素消費速度
3.湖底境界層
はっけん号に備えられた高精度の水質計を用いると、0.001℃の精度で水温を測定することができます。この水質計を用いて、水深90mの湖底付近の水温を細かく測定しました。すると、湖底を覆う水が、湖底から少しずつ暖められていることがわかりました。その水温差は、0.01℃くらいのわずかなものです。しかし、水温の逆転は、不安定ですから、対流によって下の水が上に輸送されることになります。こうして、湖底上、5mくらいに、とてもシャープな境界層が形成されます。これをネフロイド境界層と呼んでいます。
対流は、湖底に含まれる栄養塩や重金属を上方に輸送します。この境界層の中はよく混ざっており、溶存酸素濃度が低いのが特徴です。では、なぜ、湖底の温度が湖水の温度より高いのでしょうか。同じような現象は、ニュージーランドにあるタウポ湖で見られます。ただ、タウポ湖は、火山湖なので、地熱が高いのはもっともな気がしますが、琵琶湖は構造湖なので、熱源が湖底にあるとは思えません。私たちは、湖底泥中の嫌気的な発熱反応が原因ではないかと考えていますが、まだはっきりとわかってはいません。
このようにして、琵琶湖の湖底に形成される境界層の存在が、溶存酸素濃度の変化に大きな影響を与えていることがはっきりしてきました。琵琶湖は、670平方キロメートルもある大きな湖ですが、数十センチメートルの湖底泥と、その上に横たわる数メートルの湖底境界層が、湖全体の生態系や水質の大きな変化を引き起こす鍵を握っていると思うと、自然の不思議さに興味を抱かざるを得ません。
一口メモ
湖沼の性質
ブリタニカ百科事典には、「湖とは海と直接接しない陸の窪地にある静水の塊」と書いてあります。一般に、面積が500km2以上のものを大湖沼と呼んでいます。湖沼の性質として、含まれる溶存塩類濃度が、0.5g/L以下を淡水湖、0.5-30g/Lを滊水湖(きすいこ)、30-50g/Lを塩湖、50g/L以上を高塩湖と定義しています。一方、中国では、1.0g/Lを淡水湖、1-35g/Lを鹹水湖(かんすいこ)、35g/L以上を塩湖と区別しています。
1.メタンガスの発生
2004年5月10日、安曇川沖水深60-70m付近を探査していた淡探(たんたん)が、湖底から吹き出るメタンガスの撮影に成功しました。淡探は、琵琶湖の環境監視を目的として製造された自律型潜水ロボットで、運用ベースで利用されている世界で唯一つの環境監視ロボットです。自律型というのは、ケーブルや無線などを用いて外からの信号で操作するのではなく、内部に備えたコンピューターの指令に従って動作するロボットを意味します(写真)。
その後、実験調査船はっけん号に取り付けられた計量科学魚探の信号からも、琵琶湖のあちこちでメタンガスが湖底から噴出していることがわかってきました。このことは、湖底泥の中の酸素がなくなり、嫌気状態が一層進んでいることを示しています。


写真 自律型潜水ロボット「淡探」

淡探で撮影した湖底からのメタンガスの噴出画像
2.底泥酸素要求量
同じ程度の大きさと深さをもつ世界の湖の中で、琵琶湖はもっとも酸素消費量の多い湖です(図1)。それは、集水域から流入してくるリンや窒素といった栄養塩の量が、他の湖沼に比べて多く、その結果、植物プランクトンによる内部生産量が高いことが主因ですが、そのほかに、1960年代から70年代にかけての富栄養化の時代に急激に増えた生物の死骸などが、たっぷりと湖底に溜まったことも原因しています。最大水深が104mなので、有機物が完全に分解する前に湖底に貯まってしまうのです。
一方、琵琶湖では、1987年の転換期を経て、湖水が上下に混じりにくくなり、湖底への酸素供給も少なくなりました。このことが、湖底泥の無酸素化に拍車をかけています。
湖底に降ってきた有機物は、バクテリアによってゆっくりと分解されます。これを、底泥酸素要求量(SOD)と言います。琵琶湖の湖底付近では、一年間に、水1リットル中の溶存酸素が7.0~10.0mg消費されます。湖底付近における溶存酸素飽和度は、1リットル中で10.0mg前後ですので、冬の全循環による酸素回復が十分でなければ、次の年には、確実に湖底は酸欠になるわけです。泥の中には酸素が入りにくいので、もっと早く無酸素化します。この結果、湖底から、窒素やリン、硫化水素、メタンガスなどが次々と溶出してきます。

図1 世界の主要な湖沼におけるみかけの溶存酸素消費速度
3.湖底境界層
はっけん号に備えられた高精度の水質計を用いると、0.001℃の精度で水温を測定することができます。この水質計を用いて、水深90mの湖底付近の水温を細かく測定しました。すると、湖底を覆う水が、湖底から少しずつ暖められていることがわかりました。その水温差は、0.01℃くらいのわずかなものです。しかし、水温の逆転は、不安定ですから、対流によって下の水が上に輸送されることになります。こうして、湖底上、5mくらいに、とてもシャープな境界層が形成されます。これをネフロイド境界層と呼んでいます。
対流は、湖底に含まれる栄養塩や重金属を上方に輸送します。この境界層の中はよく混ざっており、溶存酸素濃度が低いのが特徴です。では、なぜ、湖底の温度が湖水の温度より高いのでしょうか。同じような現象は、ニュージーランドにあるタウポ湖で見られます。ただ、タウポ湖は、火山湖なので、地熱が高いのはもっともな気がしますが、琵琶湖は構造湖なので、熱源が湖底にあるとは思えません。私たちは、湖底泥中の嫌気的な発熱反応が原因ではないかと考えていますが、まだはっきりとわかってはいません。
このようにして、琵琶湖の湖底に形成される境界層の存在が、溶存酸素濃度の変化に大きな影響を与えていることがはっきりしてきました。琵琶湖は、670平方キロメートルもある大きな湖ですが、数十センチメートルの湖底泥と、その上に横たわる数メートルの湖底境界層が、湖全体の生態系や水質の大きな変化を引き起こす鍵を握っていると思うと、自然の不思議さに興味を抱かざるを得ません。
一口メモ
湖沼の性質
ブリタニカ百科事典には、「湖とは海と直接接しない陸の窪地にある静水の塊」と書いてあります。一般に、面積が500km2以上のものを大湖沼と呼んでいます。湖沼の性質として、含まれる溶存塩類濃度が、0.5g/L以下を淡水湖、0.5-30g/Lを滊水湖(きすいこ)、30-50g/Lを塩湖、50g/L以上を高塩湖と定義しています。一方、中国では、1.0g/Lを淡水湖、1-35g/Lを鹹水湖(かんすいこ)、35g/L以上を塩湖と区別しています。
タグ :琵琶湖
第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環
第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環 熊谷道夫
1.琵琶湖の深呼吸
滋賀大学名誉教授の岡本巌氏は、冬に琵琶湖の水が上下によく混合し、湖底の酸素濃度が回復することを、「深呼吸」と呼びました。この混合を、陸水学では全循環と言います。琵琶湖は、一年に一度、深呼吸をする「一回循環湖」として知られています。これとは別に、冬に湖面が凍結するバイカル湖などは、凍る前後の秋と春に、二回循環します。また、熱帯地方にある湖は、表面の水温が常に湖底の水温より暖かく、一年を通じて、全循環することはありません。
では、どのようにして、琵琶湖は深呼吸するのでしょうか。湖底付近の酸素の少ない水を、酸素の豊富な表面の水で置き換えるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを供給するのは、気温の低下です。秋から冬にかけて、季節風の吹き出しとともに、湖面や湖岸が冷却されます。また、湖内に流入する融雪水の影響も無視できません。これらを整理すると、図1のようになります。
最近の研究によると、湖底に冷たい水を供給するのにもっとも効果的なのは、湖岸冷却だと言われています。しかし、冷たい河川水の流入や、強い風のはたらきが、表面の冷たい水を効率的に下方に運ぶという研究もあります。

図1:琵琶湖の全循環が起こる仕組みです。湖面の水が冷やされる場合、そして、川から冷たい融雪水がもぐりこむ場合が考えられます。
2.密度流
1月から2月にかけての河川水は、湖水より密度が重い場合が多く、湖岸周辺の冷たくなった水を巻き込んで潜り込むので、河川から供給される以上の冷水を湖底に運ぶことがわかってきました。
また、1mから2mの厚さで湖底に沿って湖心に流れ込む河川水は、湖底近くに冷たくて酸素の多い水の薄い膜を形成し、湖底泥の影響が直接湖水に及ぶのを抑制する効果を持っているので、たとえ河川からの供給量が少なくても琵琶湖の環境にとってはとても重要だと言えます。
このように、密度の重い水が、軽い水の下に潜り込む流れを、密度流と呼びます。琵琶湖では、たとえば、冬期には、南湖の水が冷やされて、北湖に向かって逆流します。その量は大きく、毎秒数百トンに及ぶといわれています。しかし、琵琶湖で完全に全循環が起こるには、ほぼ1ヶ月にわたって、毎秒数千トンの水の入れ替わりが必要なのです。これは膨大なエネルギーです。
姉川から流れ込む融雪水も密度流です。この場合、河川水と湖水の密度差はあまり大きくないので、湖底まで到達しないという意見があります。しかし、それは正しくありません。密度流が湖底に沿ってどのように流入するかは、密度差だけで決まるのではなく、貫入する水の流速にも依存しています。密度差が小さくても、流れがゆっくりしていれば、湖底まできれいに水は流れ込みます。逆に、密度差が大きくても、流れが速ければ、周りの水を巻き込みやすいので、途中で上昇し始めます(写真)。このように、微妙な流れと密度のバランスによって、融雪水は湖に潜り込むのです。

写真:密度流の実験。左は底まで届くが、右は途中までしか届きません。
なぜ、このような違いが起こるのでしょうか。
3.デッドゾーンの増加
湖底や海底の溶存酸素濃度が低下した水域のことを、デッドゾーン(死の水域)と呼んでいます。つまり、魚貝類の生息に適さない場所ということです。サイエンスに掲載された論文によると、1990年代に入ってから、このようなデッドゾーンの数が世界中で急速に増えています(図2)。一体、何が起こっているのでしょうか。
溶存酸素濃度が減少する理由には、酸素消費の増加と、酸素供給の減少が挙げられます。溶存酸素の多くは、湖底にたまった有機物がバクテリアによって分解されるときに消費されますから、たとえば富栄養化が進行して、湖底に多くの有機物が堆積した場所は、酸欠になりやすいのです。一方、酸素の供給は、先ほど述べた冬期の循環に依存しています。
最近のように、地球温暖化が進行すると、冬期の気温が下がらなくなり、全循環が発生しなくなるので、湖底まで酸素が供給されにくくなります。溶存酸素の低下は、生物の斃死をもたらすだけでなく、底にたまった栄養塩や重金属の溶出をもたらします。人間で言えば、心不全の手前といえます。琵琶湖が、まさにこのような状況に差しかかりつつあることを、私たちは今、深刻に捉え警告を発しています。

図2 これまで学術雑誌で報告されたデッドゾーンの積算数。
10年毎の階数で表示している。1960年以降は、10年ごとに2倍ずつ増加している。
(Diaz and Rosenberg,2008を改変)
一口メモ
水の混合
水は、なかなか混じりにくい性質を持っています。たとえば、アマゾン川には白い川と黒い川があり、両方の川が出合ってからも、数キロにわたって混じりあうことなく平行して流れます。琵琶湖でも、高時川と姉川が合流すると、色の濃さの違った水がずっと下流まで流れていきます。水が混合するためには、お風呂の水をかき混ぜるように、何かの力が必要です。それは、風の力だったり、水流の強さだったりします。混じりやすい状態のことを物理学では、不安定な状態と呼んでおり、よく混合した水の中では、密度はほぼ一定です。一方、安定な状態の水は混じりにくいといえます。地球温暖化が進行すると、海洋や湖沼の表面水は熱せられて、安定になります。こうして、上下に混合しにくくなるので、底では酸素不足になりやすいのです。
1.琵琶湖の深呼吸
滋賀大学名誉教授の岡本巌氏は、冬に琵琶湖の水が上下によく混合し、湖底の酸素濃度が回復することを、「深呼吸」と呼びました。この混合を、陸水学では全循環と言います。琵琶湖は、一年に一度、深呼吸をする「一回循環湖」として知られています。これとは別に、冬に湖面が凍結するバイカル湖などは、凍る前後の秋と春に、二回循環します。また、熱帯地方にある湖は、表面の水温が常に湖底の水温より暖かく、一年を通じて、全循環することはありません。
では、どのようにして、琵琶湖は深呼吸するのでしょうか。湖底付近の酸素の少ない水を、酸素の豊富な表面の水で置き換えるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを供給するのは、気温の低下です。秋から冬にかけて、季節風の吹き出しとともに、湖面や湖岸が冷却されます。また、湖内に流入する融雪水の影響も無視できません。これらを整理すると、図1のようになります。
最近の研究によると、湖底に冷たい水を供給するのにもっとも効果的なのは、湖岸冷却だと言われています。しかし、冷たい河川水の流入や、強い風のはたらきが、表面の冷たい水を効率的に下方に運ぶという研究もあります。

図1:琵琶湖の全循環が起こる仕組みです。湖面の水が冷やされる場合、そして、川から冷たい融雪水がもぐりこむ場合が考えられます。
2.密度流
1月から2月にかけての河川水は、湖水より密度が重い場合が多く、湖岸周辺の冷たくなった水を巻き込んで潜り込むので、河川から供給される以上の冷水を湖底に運ぶことがわかってきました。
また、1mから2mの厚さで湖底に沿って湖心に流れ込む河川水は、湖底近くに冷たくて酸素の多い水の薄い膜を形成し、湖底泥の影響が直接湖水に及ぶのを抑制する効果を持っているので、たとえ河川からの供給量が少なくても琵琶湖の環境にとってはとても重要だと言えます。
このように、密度の重い水が、軽い水の下に潜り込む流れを、密度流と呼びます。琵琶湖では、たとえば、冬期には、南湖の水が冷やされて、北湖に向かって逆流します。その量は大きく、毎秒数百トンに及ぶといわれています。しかし、琵琶湖で完全に全循環が起こるには、ほぼ1ヶ月にわたって、毎秒数千トンの水の入れ替わりが必要なのです。これは膨大なエネルギーです。
姉川から流れ込む融雪水も密度流です。この場合、河川水と湖水の密度差はあまり大きくないので、湖底まで到達しないという意見があります。しかし、それは正しくありません。密度流が湖底に沿ってどのように流入するかは、密度差だけで決まるのではなく、貫入する水の流速にも依存しています。密度差が小さくても、流れがゆっくりしていれば、湖底まできれいに水は流れ込みます。逆に、密度差が大きくても、流れが速ければ、周りの水を巻き込みやすいので、途中で上昇し始めます(写真)。このように、微妙な流れと密度のバランスによって、融雪水は湖に潜り込むのです。

写真:密度流の実験。左は底まで届くが、右は途中までしか届きません。
なぜ、このような違いが起こるのでしょうか。
3.デッドゾーンの増加
湖底や海底の溶存酸素濃度が低下した水域のことを、デッドゾーン(死の水域)と呼んでいます。つまり、魚貝類の生息に適さない場所ということです。サイエンスに掲載された論文によると、1990年代に入ってから、このようなデッドゾーンの数が世界中で急速に増えています(図2)。一体、何が起こっているのでしょうか。
溶存酸素濃度が減少する理由には、酸素消費の増加と、酸素供給の減少が挙げられます。溶存酸素の多くは、湖底にたまった有機物がバクテリアによって分解されるときに消費されますから、たとえば富栄養化が進行して、湖底に多くの有機物が堆積した場所は、酸欠になりやすいのです。一方、酸素の供給は、先ほど述べた冬期の循環に依存しています。
最近のように、地球温暖化が進行すると、冬期の気温が下がらなくなり、全循環が発生しなくなるので、湖底まで酸素が供給されにくくなります。溶存酸素の低下は、生物の斃死をもたらすだけでなく、底にたまった栄養塩や重金属の溶出をもたらします。人間で言えば、心不全の手前といえます。琵琶湖が、まさにこのような状況に差しかかりつつあることを、私たちは今、深刻に捉え警告を発しています。

図2 これまで学術雑誌で報告されたデッドゾーンの積算数。
10年毎の階数で表示している。1960年以降は、10年ごとに2倍ずつ増加している。
(Diaz and Rosenberg,2008を改変)
一口メモ
水の混合
水は、なかなか混じりにくい性質を持っています。たとえば、アマゾン川には白い川と黒い川があり、両方の川が出合ってからも、数キロにわたって混じりあうことなく平行して流れます。琵琶湖でも、高時川と姉川が合流すると、色の濃さの違った水がずっと下流まで流れていきます。水が混合するためには、お風呂の水をかき混ぜるように、何かの力が必要です。それは、風の力だったり、水流の強さだったりします。混じりやすい状態のことを物理学では、不安定な状態と呼んでおり、よく混合した水の中では、密度はほぼ一定です。一方、安定な状態の水は混じりにくいといえます。地球温暖化が進行すると、海洋や湖沼の表面水は熱せられて、安定になります。こうして、上下に混合しにくくなるので、底では酸素不足になりやすいのです。
第2話 顕在化するアオコ毒による生物への影響
第2話 顕在化するアオコ毒による生物への影響 熊谷道夫
1.湖底に広がる冷水層

2008年2月15日に、私たちは、琵琶湖の広域調査を行いました。そのとき、湖底から2~3mの厚さで、冷たい水が流入していることを発見しました(図1)。この冷水の主な流入源は姉川でした。このことは、前回お話した、積雪水量と湖内のリン酸態リン総量の関係をよく説明しています。つまり、冷たい雪解け水は、湖岸の冷水を巻き込みながら湖底に沿って流れ、やがて湖底を薄い層で覆います。このようにして形成された冷水層が、湖底の多くの面積を占める時には、湖底からの溶出が抑えられるので、リン酸態リン総量も低下すると思われます。反対に、融雪水が少ない年には、冷水が湖底を覆う効果が十分機能しないので、多くのリンが湖底から溶出する可能性があります。
このシナリオは、今後さらに検証を必要としています。しかし、琵琶湖では、1960年代後半から1980年代の前半にかけて、外部からの栄養塩流入の増加に伴う富栄養化の最盛期を過ぎ、積雪水量の減少と水温成層の強化という地球温暖化の影響を強く受け始め、湖底からのリン溶出という内部負荷の増大を懸念しなければならない新たな段階に進んできたと言えます。
かつて琵琶湖研究所に在籍した高橋幹夫氏は、湖内に流入するリン酸態リンが、水中の鉄と結合することを示しました。また、京都大学の手塚泰彦氏は、植物プランクトンによるリンの急速な取り込みを示しました。いずれの場合にも、湖内へ流入したリン酸態リンは、固体となって湖底に沈降します。
同じ琵琶湖研究所の前田広人氏は、湖底泥中の溶存酸素濃度が減少すると、栄養塩が底泥から溶出することを明らかにしました。湖底から多くのリンが溶出すると、どのようなことが起こるのでしょうか。
2.アオコを形成する植物プランクトン
琵琶湖南湖で初めてアオコの発生が確認されたのは、1983年、第1回世界湖沼会議が大津で開催された年でした。アオコというのは、藍藻類のアナベナやミクロキスティスといった浮遊性の植物プランクトンが、富栄養化によって大量に増殖し、湖面を緑色に覆う現象をさします。
1993年夏、世界の湖沼研究者が集まって、琵琶湖国際共同観測が行われました。このとき、台風の通過した後に、南湖で発生したミクロキスティスが、北湖へと輸送される現象を観測しました(図2)。そして、1994年、北湖でもアオコの発生が公式に報告されました。アオコが発生しやすいのは、種になる植物プランクトン(ミクロキスティスなど)が存在すること、水温が高いこと、栄養塩(特にリン)が多いこと、などがあげられています。
すでにアオコを作る植物プランクトンの種は、琵琶湖南湖だけでなく、北湖全体に広がっていると考えてよいでしょう。琵琶湖環境科学研究センターの石川可奈子氏は、第一環流の中心にもミクロキスティスが存在することを示しました。このように栄養が多い湖岸で増殖した植物プランクトンが、水の流れにのって湖心にまで広がるのです。

図2 1993年8月24日から9月12日に測定された琵琶湖大橋の流量(北向き正)と、
南湖と北湖におけるミクロキスティスの密度変化
3.アオコ毒の広がり
アオコを作る植物プランクトンであるミクロキスティス・エルギノーサは、ミクロシスチンという強い肝臓毒を生成します。信州大学の朴虎東氏は、2000年と2007年の2回にわたって、琵琶湖北湖におけるアオコ毒を測定しました。それによると、ミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度は、0.2~0.4ピコグラムであり、諏訪湖におけるミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度0.5ピコグラムに近い、高い濃度を示すことがわかりました。このような、高いアオコ毒の生産能力を有するミクロキスティスが、栄養塩濃度が高い水域で、増殖し、風によって集積すれば、生物を死亡させる可能性があります。
実際、2007年に、米原市磯漁港で死亡した合鴨の体内から、高濃度のミクロシスチンが検出されました。直接的な死因とは断定できませんが、死亡した生物の体内からアオコ毒が検出されたわが国における最初の事例です。
すでに、アオコを形成する植物プランクトンの種は、琵琶湖全体に広がっています。リンを中心とする栄養塩も、湖底に多く堆積してします。今後、温暖化が進行すれば、湖底から多くのリンが溶出し、アオコ毒を生成するミクロキスティスなどが増えることも予想されています。注意が必要です。
一口メモ
環流(かんりゅう)
琵琶湖北湖の環流は、世界の湖沼の中でも最も美しい形をしています。この環流は、1925年の8月、神戸海洋気象台によって発見されました。夏期の環流は、北から反時計回りの第一環流、時計回りの第二環流、反時計回りの第三環流といわれていますが、安定的に観測されるのは第一環流だけです。また、最近は、冬期に時計回りの環流が見つけられていますが、夏期ほど安定はしていません。これらの環流の成因は、風と熱の両方が、ほぼ同じくらい作用していると思われます。
1.湖底に広がる冷水層

2008年2月15日に、私たちは、琵琶湖の広域調査を行いました。そのとき、湖底から2~3mの厚さで、冷たい水が流入していることを発見しました(図1)。この冷水の主な流入源は姉川でした。このことは、前回お話した、積雪水量と湖内のリン酸態リン総量の関係をよく説明しています。つまり、冷たい雪解け水は、湖岸の冷水を巻き込みながら湖底に沿って流れ、やがて湖底を薄い層で覆います。このようにして形成された冷水層が、湖底の多くの面積を占める時には、湖底からの溶出が抑えられるので、リン酸態リン総量も低下すると思われます。反対に、融雪水が少ない年には、冷水が湖底を覆う効果が十分機能しないので、多くのリンが湖底から溶出する可能性があります。
このシナリオは、今後さらに検証を必要としています。しかし、琵琶湖では、1960年代後半から1980年代の前半にかけて、外部からの栄養塩流入の増加に伴う富栄養化の最盛期を過ぎ、積雪水量の減少と水温成層の強化という地球温暖化の影響を強く受け始め、湖底からのリン溶出という内部負荷の増大を懸念しなければならない新たな段階に進んできたと言えます。
かつて琵琶湖研究所に在籍した高橋幹夫氏は、湖内に流入するリン酸態リンが、水中の鉄と結合することを示しました。また、京都大学の手塚泰彦氏は、植物プランクトンによるリンの急速な取り込みを示しました。いずれの場合にも、湖内へ流入したリン酸態リンは、固体となって湖底に沈降します。
同じ琵琶湖研究所の前田広人氏は、湖底泥中の溶存酸素濃度が減少すると、栄養塩が底泥から溶出することを明らかにしました。湖底から多くのリンが溶出すると、どのようなことが起こるのでしょうか。
2.アオコを形成する植物プランクトン
琵琶湖南湖で初めてアオコの発生が確認されたのは、1983年、第1回世界湖沼会議が大津で開催された年でした。アオコというのは、藍藻類のアナベナやミクロキスティスといった浮遊性の植物プランクトンが、富栄養化によって大量に増殖し、湖面を緑色に覆う現象をさします。
1993年夏、世界の湖沼研究者が集まって、琵琶湖国際共同観測が行われました。このとき、台風の通過した後に、南湖で発生したミクロキスティスが、北湖へと輸送される現象を観測しました(図2)。そして、1994年、北湖でもアオコの発生が公式に報告されました。アオコが発生しやすいのは、種になる植物プランクトン(ミクロキスティスなど)が存在すること、水温が高いこと、栄養塩(特にリン)が多いこと、などがあげられています。
すでにアオコを作る植物プランクトンの種は、琵琶湖南湖だけでなく、北湖全体に広がっていると考えてよいでしょう。琵琶湖環境科学研究センターの石川可奈子氏は、第一環流の中心にもミクロキスティスが存在することを示しました。このように栄養が多い湖岸で増殖した植物プランクトンが、水の流れにのって湖心にまで広がるのです。

図2 1993年8月24日から9月12日に測定された琵琶湖大橋の流量(北向き正)と、
南湖と北湖におけるミクロキスティスの密度変化
3.アオコ毒の広がり
アオコを作る植物プランクトンであるミクロキスティス・エルギノーサは、ミクロシスチンという強い肝臓毒を生成します。信州大学の朴虎東氏は、2000年と2007年の2回にわたって、琵琶湖北湖におけるアオコ毒を測定しました。それによると、ミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度は、0.2~0.4ピコグラムであり、諏訪湖におけるミクロキスティス1細胞中のミクロシスチン濃度0.5ピコグラムに近い、高い濃度を示すことがわかりました。このような、高いアオコ毒の生産能力を有するミクロキスティスが、栄養塩濃度が高い水域で、増殖し、風によって集積すれば、生物を死亡させる可能性があります。
実際、2007年に、米原市磯漁港で死亡した合鴨の体内から、高濃度のミクロシスチンが検出されました。直接的な死因とは断定できませんが、死亡した生物の体内からアオコ毒が検出されたわが国における最初の事例です。
すでに、アオコを形成する植物プランクトンの種は、琵琶湖全体に広がっています。リンを中心とする栄養塩も、湖底に多く堆積してします。今後、温暖化が進行すれば、湖底から多くのリンが溶出し、アオコ毒を生成するミクロキスティスなどが増えることも予想されています。注意が必要です。
一口メモ
環流(かんりゅう)
琵琶湖北湖の環流は、世界の湖沼の中でも最も美しい形をしています。この環流は、1925年の8月、神戸海洋気象台によって発見されました。夏期の環流は、北から反時計回りの第一環流、時計回りの第二環流、反時計回りの第三環流といわれていますが、安定的に観測されるのは第一環流だけです。また、最近は、冬期に時計回りの環流が見つけられていますが、夏期ほど安定はしていません。これらの環流の成因は、風と熱の両方が、ほぼ同じくらい作用していると思われます。

第1話 琵琶湖に忍び寄る温暖化の波
第1話 琵琶湖に忍び寄る温暖化の波 熊谷道夫
1.琵琶湖は温暖化しているのでしょうか
琵琶湖は、温暖化していないという人がいます。一方、温暖化の影響が強く表れていると思っている人もいます。このような食い違いは、どこから来るのでしょうか。それは、データの見方に依存しています。気温や水温は、いくつかの周期を持って変動しています。ですから、数年から10年程度の時間スケールで見ると、上昇したり下降したりしているのです。ところが、100年の時間スケールで見ると、水温上昇がはっきりと見られます(図1)。つまり、地球温暖化の影響を議論する時には、長い時間スケールで判断しなければなりません。
このことを、陸水学という教科書を書いた、カリフォルニア大学のチャールズ・ゴールドマンは次のように指摘しています。 ゴールドマンの研究グループは、長期にわたってタホ湖の透明度を計測してきました(図2)。1968年から1997年までのデータを見ると、相関係数は0.90で、有意に透明度が低下しています。ただ、1983年から1988年に限って言えば、透明度は回復しているように見えます。
笑い話のような実話ですが、ある政治家が、この時期のデータを携えてホワイトハウスに大統領を訪れ、タホ湖の環境は回復傾向にあるのでゴールドマンには研究費を出さなくてもよい、と言ったそうです。環境における長期変動を議論するときに、短期的な変動にごまかされてはいけないという教訓として、ゴールドマンはたびたび指摘しています。


2.もっと長い時間軸では
琵琶湖が今の位置に形成されたのは、約40万年前だと考えられています。その間に、2回の大きな氷期がありました。リス氷期(25万年前-12万年前)と、ヴェルム氷期(7万年前-1.2万年前)です。現在も地球は氷期にあり、その中でも比較的気候が穏やかな間氷期にあると言われています。ヴェルム氷期が終わった後、気温が3℃から4℃上昇し、いわゆる縄文海進と呼ばれる時代が訪れました。実際、現在の地球の気温は、縄文海進の頃の最高気温より0.5℃ほど低いという報告があります。
氷期から縄文海進にかけて、北ヨーロッパや北米にあった氷床が融け、海水面が140mも上昇したと言われています。もし、IPCCの予測のように、今後気温上昇が続き、南極にある氷河がすべて溶ければ海面は65メートル上昇し、グリーンランドの氷河がすべて溶ければ海面は7メートル上昇するとも言われています。合わせると72m海面が上昇します。本当にこれくらい上昇するのでしょうか。
実際には、海水面が上昇すると、ハイドロアイソスタシーというバランスで、地球内部のマントル移動が起こり、陸地も上昇しますので、もっと低い海面上昇にとどまると予想されます。ただ、地球内部の応答には時間がかかるので、一時的な水位上昇は避けられないものと思われます。
あと気温が0.5℃上昇すると、縄文海進の頃より高い気温となり、さらに2℃上昇すると、過去40万年でもっとも高い気温となります。IPCCの報告どおりなら、今世紀中にこの記録が破られる可能性は高そうですね。
3.琵琶湖で起こっていること
琵琶湖周辺の気温は、1980年後半から急激に上昇しています。1979年から2006年までの27年間に、滋賀県と周辺府県50ヶ所のアメダスで測定された気温データを基に、琵琶湖周辺の気温上昇を計算すると、虎姫で年間に0.074℃、東近江で0.07℃、今津で0.056℃、土山で0.051℃、彦根で0.045℃の気温上昇がありました(図3)。特に虎姫の気温上昇は大きく、日本全体の中でもトップクラスになります。
これは、琵琶湖と大気の相互作用が原因ではないかと考えられています。つまり、湖は、暖まりにくく冷めにくいことから、夜間や冬期の熱源となり、湖東の気温低下を緩和している可能性があります。単純に計算すると、今後100年間に、虎姫では7.4℃の気温上昇が想定されます。虎姫で、今年の7-8月に最高気温が32.6℃を越えた日数は29日あったので、100年後には、約1ヶ月にわたって最高気温が40℃を越える可能性があります。私たちはどのようにして気温上昇に適合すればよいのでしょうか。

囲み記事
縄文海進(じょうもんかいしん)
最終氷期と言われるヴュルム氷期が終わり、気温上昇が続き、今から7000年前から4000年前にかけて海水面が現在より3m前後高くなった時期がありました。ちょうど縄文時代にあたることから縄文海進と呼ばれています。気候は温暖・湿潤で、今より少し気温が高かいくらいでした。このままの気温上昇が続けば、あと10~20年程度で縄文海進当時の気温より高くなることが予想されています。それ以後は、縄文時代以降の人類が経験したことのない高い気温になると思われますが、一方では、氷の融解によってコンベアーベルト(海洋大循環)がストップし、ヨーロッパを中心に寒冷化が進行するという予測もあります。
1.琵琶湖は温暖化しているのでしょうか
琵琶湖は、温暖化していないという人がいます。一方、温暖化の影響が強く表れていると思っている人もいます。このような食い違いは、どこから来るのでしょうか。それは、データの見方に依存しています。気温や水温は、いくつかの周期を持って変動しています。ですから、数年から10年程度の時間スケールで見ると、上昇したり下降したりしているのです。ところが、100年の時間スケールで見ると、水温上昇がはっきりと見られます(図1)。つまり、地球温暖化の影響を議論する時には、長い時間スケールで判断しなければなりません。
このことを、陸水学という教科書を書いた、カリフォルニア大学のチャールズ・ゴールドマンは次のように指摘しています。 ゴールドマンの研究グループは、長期にわたってタホ湖の透明度を計測してきました(図2)。1968年から1997年までのデータを見ると、相関係数は0.90で、有意に透明度が低下しています。ただ、1983年から1988年に限って言えば、透明度は回復しているように見えます。
笑い話のような実話ですが、ある政治家が、この時期のデータを携えてホワイトハウスに大統領を訪れ、タホ湖の環境は回復傾向にあるのでゴールドマンには研究費を出さなくてもよい、と言ったそうです。環境における長期変動を議論するときに、短期的な変動にごまかされてはいけないという教訓として、ゴールドマンはたびたび指摘しています。


2.もっと長い時間軸では
琵琶湖が今の位置に形成されたのは、約40万年前だと考えられています。その間に、2回の大きな氷期がありました。リス氷期(25万年前-12万年前)と、ヴェルム氷期(7万年前-1.2万年前)です。現在も地球は氷期にあり、その中でも比較的気候が穏やかな間氷期にあると言われています。ヴェルム氷期が終わった後、気温が3℃から4℃上昇し、いわゆる縄文海進と呼ばれる時代が訪れました。実際、現在の地球の気温は、縄文海進の頃の最高気温より0.5℃ほど低いという報告があります。
氷期から縄文海進にかけて、北ヨーロッパや北米にあった氷床が融け、海水面が140mも上昇したと言われています。もし、IPCCの予測のように、今後気温上昇が続き、南極にある氷河がすべて溶ければ海面は65メートル上昇し、グリーンランドの氷河がすべて溶ければ海面は7メートル上昇するとも言われています。合わせると72m海面が上昇します。本当にこれくらい上昇するのでしょうか。
実際には、海水面が上昇すると、ハイドロアイソスタシーというバランスで、地球内部のマントル移動が起こり、陸地も上昇しますので、もっと低い海面上昇にとどまると予想されます。ただ、地球内部の応答には時間がかかるので、一時的な水位上昇は避けられないものと思われます。
あと気温が0.5℃上昇すると、縄文海進の頃より高い気温となり、さらに2℃上昇すると、過去40万年でもっとも高い気温となります。IPCCの報告どおりなら、今世紀中にこの記録が破られる可能性は高そうですね。
3.琵琶湖で起こっていること
琵琶湖周辺の気温は、1980年後半から急激に上昇しています。1979年から2006年までの27年間に、滋賀県と周辺府県50ヶ所のアメダスで測定された気温データを基に、琵琶湖周辺の気温上昇を計算すると、虎姫で年間に0.074℃、東近江で0.07℃、今津で0.056℃、土山で0.051℃、彦根で0.045℃の気温上昇がありました(図3)。特に虎姫の気温上昇は大きく、日本全体の中でもトップクラスになります。
これは、琵琶湖と大気の相互作用が原因ではないかと考えられています。つまり、湖は、暖まりにくく冷めにくいことから、夜間や冬期の熱源となり、湖東の気温低下を緩和している可能性があります。単純に計算すると、今後100年間に、虎姫では7.4℃の気温上昇が想定されます。虎姫で、今年の7-8月に最高気温が32.6℃を越えた日数は29日あったので、100年後には、約1ヶ月にわたって最高気温が40℃を越える可能性があります。私たちはどのようにして気温上昇に適合すればよいのでしょうか。

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縄文海進(じょうもんかいしん)
最終氷期と言われるヴュルム氷期が終わり、気温上昇が続き、今から7000年前から4000年前にかけて海水面が現在より3m前後高くなった時期がありました。ちょうど縄文時代にあたることから縄文海進と呼ばれています。気候は温暖・湿潤で、今より少し気温が高かいくらいでした。このままの気温上昇が続けば、あと10~20年程度で縄文海進当時の気温より高くなることが予想されています。それ以後は、縄文時代以降の人類が経験したことのない高い気温になると思われますが、一方では、氷の融解によってコンベアーベルト(海洋大循環)がストップし、ヨーロッパを中心に寒冷化が進行するという予測もあります。