びわ湖をめぐる環境

第7話 びわ湖への想い

2009年12月16日

第7話 びわ湖への想い
熊谷道夫

1.経済破綻から学ぶこと

最近、グローバルウォーミング(地球温暖化)のように、「グローバル」という言葉が盛んに用いられています。これは、グローブ(球体、地球)という言葉から派生し、現在では主に「地球規模」という意味で用いられています。
地球は丸いので、グローバリズムには際限がないように思われますが、決して無限ではありません。私たちは、太陽エネルギーの恵みを得て、地球上で暮らしています。ですから、今のところ地球上で生産される物質以上に、人類が増える続けることはできないのです。
ところで、地球の人口は、現在、何人かご存知でしょうか。図にも示したとおり、2008年に69億人でした。紀元ゼロ年には2億人くらいで、1900年には16億人でしたから、20世紀になってから急激に増加したことがわかります。今後もさらに増え続け、2050年には、93億人になると予想されています。
現在起こっている環境問題の最大の要因は、人口があまりにも急激に増えすぎた点にあります。このことによって、多くのエネルギーが消費され、それを補うために、さらなる生産が繰りかえされました。実体から離れた過剰な投資は、生産の余剰を産み、余ったものが環境を汚し始めました。誰もが、より豊かな生活を、という発想で進めてきた開発や投資があだとなったわけです。
今、びわ湖の湖底で起こっているやっかいな問題の多くは、このような急激な経済成長が原因となっています。農薬起源のダイオキシンや石油起源の多環芳香族などが湖底に蓄積しています。また、人間活動の拡大が、富栄養化や温暖化をもたらし、湖底や海底付近に低酸素水塊を作り出してきました。私たちは、一体、どうすればよいのでしょうか。


                      図 世界人口の変化


2.知識から知恵へ

 私たちの周辺から手つかずの自然がなくなり、人間活動から出てきたさまざまなゴミや汚れものがびわ湖の底にたまっています。そういう意味で、びわ湖は慢性的な疾患を抱えていると言えます。
びわ湖は、世界に誇れる、とてもすばらしい湖です。古代湖でもあり、びわ湖固有の生物もたくさん住んでいます。しかし、私たちは、びわ湖の実態を完全に知っているわけではありません。何がすばらしいのか、そして、何が問題なのかを知るという努力を、もっとする必要があります。
何回も述べてきましたが、びわ湖の湖底付近の溶存酸素濃度が急激に低下してきています。残念ながら、地球温暖化に歯止めがかからない限り、改善する可能性はありません。私たち科学者は、100年後の人々のために、このような事実を知らせ、警告を発し、記録を残すことが責務だと考えています。
陽明学に、知行合一(ちこうごういつ)という教えがあります。これは、「知っていて行動しないのは、知らないことと同じである」という考えです。科学は、万物の理(ことわり)を知ることを目的とします。しかし、100%知ることは困難なことです。不確かな情報であっても、共有し、議論し、選択し、行動しなければ、環境問題の解決はありえないのです。仏教では、判断し、選択することを「知恵」と呼びます。知識を知恵に変える努力が必要です。


3.終章

 もっと多くの人にびわ湖のことを知ってもらうために、私たちは、NPO法人びわ湖トラストを立ち上げました。この活動の中で、1泊2日の湖上大学を開催しようと考えています。少しでも多くの人にびわ湖に来ていただき、湖底を見てもらい、どうしたらよいかを一緒に考えるきっかけになれば、と思って企画しています。ぜひ参加してください。びわ湖には、まだまだ未知の現象が残っており、それらを知ることはとても楽しいことです。びわ湖から世界へ、ローカルとグローバルの架け橋となればよいと思います。

一口メモ
【知行合一】
 「ちこうごういつ」と読みます。「すべてを知ってから行動する」と教える朱子学に対して、「知ることと行動することは表裏一体である」という陽明学の教えです。中国明代の王陽明(1472年 - 1528年)が創始した実践的な学問ですが、日本では、近江に生まれた中江藤樹(1608-1648)が広めたことで有名です。もともと儒教というのは実践的でしたが、その後、中国や韓国における封建時代に、儒学の中の朱子学が国家学問になり、一般民衆から離れたものになっていきました。日本でも朱子学は幕府の御用学問になっていました。しかし、社会制度の腐敗や崩壊に伴い、身分に関係なく陽明学の精神に目覚める人たちが増えてきました。現在、台湾や日本で、陽明学の研究がブームになっています。



写真

3年毎に開催される国際理論応用陸水学会で、熊谷はBaldi Lectureを受賞し、世界の湖沼問題と関連したびわ湖の実情についての講演を行いました(2007年8月カナダ・モントリオール)。

また、2012年には、先進陸水海洋学会(ASLO)が、大津で開催されます。

今、世界の人々が、びわ湖に着目しています。

私たちは、逃げるわけにはいかないのです。





Posted by びわ湖トラスト事務局at 11:34Comments(0)琵琶湖

第6話 エネルギーのプール、琵琶湖

2009年12月14日

第6話 エネルギーのプール、琵琶湖
熊谷 道夫

1.太陽の恵み
滋賀県に降り注ぐ太陽エネルギーは、一年間に約5兆キロワット時で、なんと黒四ダム1700基分にあたります。このエネルギーの51%が森林に、17%が琵琶湖に、15%が農地に、6%が宅地に注がれています。
太陽のエネルギーを最も効率よく利用しているのは、農業です。米のエネルギー変換効率はとても高く、2~4%の日射利用効率です。作物では、サトウキビの日射利用効率が最も高く、ついで、トウモロコシ・米・麦の順になります。滋賀県で年間に収穫できる穀物をエネルギーに変換すると、約8.8億キロワット時になります。これは、滋賀県民が必要とする一年間の食料エネルギーの73%にあたります。日本全体の平均的な食料エネルギー自給率は40%以下ですので、滋賀県民は、はるかに恵まれた環境にあると言えます。
作物以外で太陽エネルギーの変換効率が高いのは、ソーラーパネルで、10~20%の効率です。もし、県内にあるすべての建物の屋根にパネルを張りつめたならば、滋賀県で必要な電力の約14%を得ることが可能です。ただ、現実には、屋根の形状などの制約があるので、すべての建物にソーラーパネルを設置することはできません。

2.暖まるびわ湖
湖面に降り注ぐ太陽エネルギーは、年間約8500億キロワット時で、滋賀県で年間に利用する電力量の約60年分になります。この内の約45%が、湖水を温めるために使われます。1978年から2002年の25年間に琵琶湖の全体の水温は約2℃上昇しました。この熱量は、約640億キロワット時にもなり、黒四ダム22基分に相当します。つまり、ほぼ毎年、黒四ダム1基分の発電量に相当する熱エネルギーが琵琶湖に付け加えられている計算になります。
湖に入る太陽エネルギーは、水を温めるだけでなく、植物プランクトンや水草など植物の光合成にも利用されます。水中の植物プランクトンが光合成として利用するエネルギー量は、湖面に降り注ぐ太陽エネルギーの約0.3%になります。これを基に、魚類の生産量を推定し、漁獲量と比較すると、約2%の魚類を採取している計算になります。

3.水電解への挑戦
これまでにも述べましたが、地球温暖化の影響で湖水の混合が低下し、湖底付近の溶存酸素濃度が急激に低下しています。溶存酸素濃度を回復させるためには、酸素の消費を抑え、酸素の供給を増やす必要があります。湖底付近の酸素は、主に湖底に堆積した有機物の分解によって消費されるので、有機物生産量を減らせばよいことになります。これは植物プランクトン量を減らすことを意味していますが、あまり減らしすぎると魚類生産量が低下し、結果的に漁獲量が減ることになります。
水産資源量を確保し、環境を保全するためには、酸素の供給量を増やす必要があります。しかし、湖底に酸素を供給するためにはエネルギーが必要です。可能な限り商用電気を使わないで環境の修復を行うためには、環境負荷の小さい、効率のよいシステムを用いなければなりません。6年間にわたって、いろいろな議論をした結果、水電解の利用を検討することになりました。
水電解というのは、水の電気分解を意味します。ソーラーパネルの電力を用いて水を酸素と水素に分解します。生成された酸素を低酸素状態の湖底に供給し、水素をエネルギーとして再利用するというアイデアです。私たちの試算によると、1億トンの無酸素状態の水に100トンの酸素を注入するためには、170m四方のソーラーパネルがあればよいことがわかりました。これによって年間1120万円相当の水素ガスを得ることができます。2015年から、燃料電池車の販売がスタートするそうです。将来は、琵琶湖で作った水素で走る車が、近江路を走行するかもしれません。

一口メモ
【水電解】
水電解には、水を直接電気分解する方法(直接電解)と、電解質膜を使って分解する方法(PEM)があります。直接電解では、通常、触媒としてアルカリ水が用いられますが、琵琶湖では湖水をそのまま用いる方法が試されています。ただ、直接電解には殺菌および殺藻効果があるので、利用する水域を選定する際には注意が必要です。一方、環境への負荷が少ない雨水を電解質膜で分解するPEM方式も試験しています。今後、水素ガス利用の普及とともに、水電解による環境浄化が期待されています。



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第5話 湖底での魚の斃死

2009年12月09日

第5話 湖底での魚の斃死                                
熊谷道夫 

1.低酸素水塊の形成

 2007年は暖冬で、琵琶湖の全循環は不完全なままに春を迎えました。3月中旬になっても、湖底の溶存酸素濃度は、1リットル中に6~7mgまでしか回復しませんでした。3月末には、一時的に9~10mgまで回復しましたが、4月になると表層が加熱され、やがて湖底での酸素消費が始まりました。つまり、十分な深呼吸は起こらなかった可能性があります。
 その後、8月から9月にかけての猛暑で、湖底付近の溶存酸素濃度が急激に減少しました。そして、10月から12月にかけての約2ヶ月間にわたって、湖底付近の溶存酸素濃度は、1mg以下の低い数値になりました。
 暖冬による全循環の不全によって、湖底に十分な酸素を送り込むことができなかったことと、猛暑によって琵琶湖における上下の水温差が大きくなり、湖底付近の水が停滞したことが、急激な酸素低下をもたらした原因と思われます。


2.イサザの斃死

 2007年12月4日から5日にかけて、自律型潜水ロボット「淡探」は、琵琶湖北湖の第一湖盆を調査し、湖底に横たわるイサザとスジエビの死体を発見しました(図)。同時に測定した溶存酸素濃度は、最も低い数値で0.6mg/L以下でした。これは、魚類の半数致死溶存酸素濃度として一般的に言われている2.0mg/L(例えばEPA1986)よりはるかに低い数値でした。淡探が撮影した映像から確認された死亡個体数は、約2kmの移動区間内で、1200匹以上に及びました。湖底上1mを航行する淡探が撮った湖底映像という、きわめて限定した水域の割には、あきらかに多すぎる死亡数でした。
 愛媛大学の研究グループは、酸欠以外に死因の可能性を確認するために、死亡個体に含まれる重金属の分析を行いました。その結果、死亡個体の中から高濃度のマンガンとヒ素を検出しました。イサザやスジエビの直接的な死因が、酸欠なのか重金属なのかについては、まだはっきりしません。ただ、1977年に高松武次郎氏らによって指摘されているように、琵琶湖の湖底泥の表面には大量のマンガンやヒ素などが蓄積しています。今後、地球温暖化がさらに進行し、酸素がない水域(デッドゾーン)が拡大すれば、もっと多くの重金属が溶出してくる恐れがあるので、注意が必要です。
 琵琶湖の深い場所には、アナンデールヨコエビやビワオオウズムシ、イサザ、ビワマスなどの固有な生物が生息しています。琵琶湖が健全であるためには、これらの固有種を主体とする湖底生態系がうまく機能することが大切です。


3.その後の湖底環境

 2008年の冬は寒さが厳しく、琵琶湖の溶存酸素濃度は、1月下旬に回復しました。その後、2月中旬まで冷え込みが続きましたが、2月後半からは暖かくなり、湖底で酸素消費が始まりました。7月になってから気温が急に高くなり、再び湖底の溶存酸素濃度が低下しました。9月になると、デッドゾーンが形成され、ウツセミカジカやイサザの死亡が確認されるようになりました。そして、12月中ごろまで、2mg/L以下の低酸素状態が継続しました。
 2009年の冬も暖冬で、3月になっても湖底付近に強い境界層が存在しています。溶存酸素濃度は回復傾向にありますが、全循環が完全には起こっていない可能性もあります。
琵琶湖はこれからどうなるのでしょうか。他の湖沼の事例から見て、湖底付近でいったん低酸素状態が形成されると、なかなか回復しないようです。一般的に言って、湖水が混じりにくくなると、深いところの栄養塩が表層に届かなくなるので、植物プランクトンが減少し、漁獲量は低下します。一方で、深い場所には、底泥から溶出したリンや窒素といった栄養塩がたまり始めます。琵琶湖と同じような状況にあるレマン湖では、すでに低酸素状態が恒常化し、深水層のリン酸態リン濃度は、琵琶湖の10倍にまでなっています。ネパールの湖では、季節風が吹くと深い場所の無酸素水が上昇し、魚が大量に死んだり、深層からの栄養塩の急激な供給でアオコが発生したりしています。



一口メモ
琵琶湖の湖底

 琵琶湖の湖底は、平らではありません。水面から見えないところに山があったり、谷があったりします。琵琶湖大橋より北を北湖(ほっこ)、南を南湖(なんこ)と呼んでいます。北湖は安曇川を境に二つの盆地から成り立っており、北の盆地を第一湖盆、南の盆地を第二湖盆と呼びます。第一湖盆は、水深が90m以上あって、第二湖盆より広く、2007年以降、溶存酸素濃度が低くなるデッドゾーンが形成されています。第一湖盆の南端には、湖底から水面下30mまでそそり立つ隠れた山があり、その東麓に、琵琶湖で最も深い場所(104.1m)があります。ここは、酸素が多い時期には、たくさんの生物(ヨコエビやビワオオウズムシ)が集まっており、興味深い場所です。




    2007年12月10日に観測された琵琶湖のデッドゾーン。
    図中の黒く塗った領域(溶存酸素濃度が低く、魚の死体が見つかった水域)。




    2007年12月 琵琶湖湖底で採取された死んだイサザ
    



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第4話 深底部での酸素低下はなぜ起こるか

2009年12月02日

第4話 深底部での酸素低下はなぜ起こるか     熊谷道夫

1.メタンガスの発生

 2004年5月10日、安曇川沖水深60-70m付近を探査していた淡探(たんたん)が、湖底から吹き出るメタンガスの撮影に成功しました。淡探は、琵琶湖の環境監視を目的として製造された自律型潜水ロボットで、運用ベースで利用されている世界で唯一つの環境監視ロボットです。自律型というのは、ケーブルや無線などを用いて外からの信号で操作するのではなく、内部に備えたコンピューターの指令に従って動作するロボットを意味します(写真)。
 その後、実験調査船はっけん号に取り付けられた計量科学魚探の信号からも、琵琶湖のあちこちでメタンガスが湖底から噴出していることがわかってきました。このことは、湖底泥の中の酸素がなくなり、嫌気状態が一層進んでいることを示しています。


写真 自律型潜水ロボット「淡探」

 
 淡探で撮影した湖底からのメタンガスの噴出画像








2.底泥酸素要求量

 同じ程度の大きさと深さをもつ世界の湖の中で、琵琶湖はもっとも酸素消費量の多い湖です(図1)。それは、集水域から流入してくるリンや窒素といった栄養塩の量が、他の湖沼に比べて多く、その結果、植物プランクトンによる内部生産量が高いことが主因ですが、そのほかに、1960年代から70年代にかけての富栄養化の時代に急激に増えた生物の死骸などが、たっぷりと湖底に溜まったことも原因しています。最大水深が104mなので、有機物が完全に分解する前に湖底に貯まってしまうのです。
一方、琵琶湖では、1987年の転換期を経て、湖水が上下に混じりにくくなり、湖底への酸素供給も少なくなりました。このことが、湖底泥の無酸素化に拍車をかけています。
 湖底に降ってきた有機物は、バクテリアによってゆっくりと分解されます。これを、底泥酸素要求量(SOD)と言います。琵琶湖の湖底付近では、一年間に、水1リットル中の溶存酸素が7.0~10.0mg消費されます。湖底付近における溶存酸素飽和度は、1リットル中で10.0mg前後ですので、冬の全循環による酸素回復が十分でなければ、次の年には、確実に湖底は酸欠になるわけです。泥の中には酸素が入りにくいので、もっと早く無酸素化します。この結果、湖底から、窒素やリン、硫化水素、メタンガスなどが次々と溶出してきます。
 

図1 世界の主要な湖沼におけるみかけの溶存酸素消費速度


3.湖底境界層

 はっけん号に備えられた高精度の水質計を用いると、0.001℃の精度で水温を測定することができます。この水質計を用いて、水深90mの湖底付近の水温を細かく測定しました。すると、湖底を覆う水が、湖底から少しずつ暖められていることがわかりました。その水温差は、0.01℃くらいのわずかなものです。しかし、水温の逆転は、不安定ですから、対流によって下の水が上に輸送されることになります。こうして、湖底上、5mくらいに、とてもシャープな境界層が形成されます。これをネフロイド境界層と呼んでいます。
 対流は、湖底に含まれる栄養塩や重金属を上方に輸送します。この境界層の中はよく混ざっており、溶存酸素濃度が低いのが特徴です。では、なぜ、湖底の温度が湖水の温度より高いのでしょうか。同じような現象は、ニュージーランドにあるタウポ湖で見られます。ただ、タウポ湖は、火山湖なので、地熱が高いのはもっともな気がしますが、琵琶湖は構造湖なので、熱源が湖底にあるとは思えません。私たちは、湖底泥中の嫌気的な発熱反応が原因ではないかと考えていますが、まだはっきりとわかってはいません。
 このようにして、琵琶湖の湖底に形成される境界層の存在が、溶存酸素濃度の変化に大きな影響を与えていることがはっきりしてきました。琵琶湖は、670平方キロメートルもある大きな湖ですが、数十センチメートルの湖底泥と、その上に横たわる数メートルの湖底境界層が、湖全体の生態系や水質の大きな変化を引き起こす鍵を握っていると思うと、自然の不思議さに興味を抱かざるを得ません。



一口メモ
湖沼の性質
ブリタニカ百科事典には、「湖とは海と直接接しない陸の窪地にある静水の塊」と書いてあります。一般に、面積が500km2以上のものを大湖沼と呼んでいます。湖沼の性質として、含まれる溶存塩類濃度が、0.5g/L以下を淡水湖、0.5-30g/Lを滊水湖(きすいこ)、30-50g/Lを塩湖、50g/L以上を高塩湖と定義しています。一方、中国では、1.0g/Lを淡水湖、1-35g/Lを鹹水湖(かんすいこ)、35g/L以上を塩湖と区別しています。

  

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Posted by びわ湖トラスト事務局at 11:41Comments(0)琵琶湖

第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環

2009年11月16日

第3話 温暖化によって弱体化する湖の循環     熊谷道夫


1.琵琶湖の深呼吸

 滋賀大学名誉教授の岡本巌氏は、冬に琵琶湖の水が上下によく混合し、湖底の酸素濃度が回復することを、「深呼吸」と呼びました。この混合を、陸水学では全循環と言います。琵琶湖は、一年に一度、深呼吸をする「一回循環湖」として知られています。これとは別に、冬に湖面が凍結するバイカル湖などは、凍る前後の秋と春に、二回循環します。また、熱帯地方にある湖は、表面の水温が常に湖底の水温より暖かく、一年を通じて、全循環することはありません。
 では、どのようにして、琵琶湖は深呼吸するのでしょうか。湖底付近の酸素の少ない水を、酸素の豊富な表面の水で置き換えるには、エネルギーが必要です。そのエネルギーを供給するのは、気温の低下です。秋から冬にかけて、季節風の吹き出しとともに、湖面や湖岸が冷却されます。また、湖内に流入する融雪水の影響も無視できません。これらを整理すると、図1のようになります。
 最近の研究によると、湖底に冷たい水を供給するのにもっとも効果的なのは、湖岸冷却だと言われています。しかし、冷たい河川水の流入や、強い風のはたらきが、表面の冷たい水を効率的に下方に運ぶという研究もあります。



図1:琵琶湖の全循環が起こる仕組みです。湖面の水が冷やされる場合、そして、川から冷たい融雪水がもぐりこむ場合が考えられます。










2.密度流

 1月から2月にかけての河川水は、湖水より密度が重い場合が多く、湖岸周辺の冷たくなった水を巻き込んで潜り込むので、河川から供給される以上の冷水を湖底に運ぶことがわかってきました。
 また、1mから2mの厚さで湖底に沿って湖心に流れ込む河川水は、湖底近くに冷たくて酸素の多い水の薄い膜を形成し、湖底泥の影響が直接湖水に及ぶのを抑制する効果を持っているので、たとえ河川からの供給量が少なくても琵琶湖の環境にとってはとても重要だと言えます。
 このように、密度の重い水が、軽い水の下に潜り込む流れを、密度流と呼びます。琵琶湖では、たとえば、冬期には、南湖の水が冷やされて、北湖に向かって逆流します。その量は大きく、毎秒数百トンに及ぶといわれています。しかし、琵琶湖で完全に全循環が起こるには、ほぼ1ヶ月にわたって、毎秒数千トンの水の入れ替わりが必要なのです。これは膨大なエネルギーです。
 姉川から流れ込む融雪水も密度流です。この場合、河川水と湖水の密度差はあまり大きくないので、湖底まで到達しないという意見があります。しかし、それは正しくありません。密度流が湖底に沿ってどのように流入するかは、密度差だけで決まるのではなく、貫入する水の流速にも依存しています。密度差が小さくても、流れがゆっくりしていれば、湖底まできれいに水は流れ込みます。逆に、密度差が大きくても、流れが速ければ、周りの水を巻き込みやすいので、途中で上昇し始めます(写真)。このように、微妙な流れと密度のバランスによって、融雪水は湖に潜り込むのです。


写真:密度流の実験。左は底まで届くが、右は途中までしか届きません。
なぜ、このような違いが起こるのでしょうか。

3.デッドゾーンの増加

 湖底や海底の溶存酸素濃度が低下した水域のことを、デッドゾーン(死の水域)と呼んでいます。つまり、魚貝類の生息に適さない場所ということです。サイエンスに掲載された論文によると、1990年代に入ってから、このようなデッドゾーンの数が世界中で急速に増えています(図2)。一体、何が起こっているのでしょうか。
 溶存酸素濃度が減少する理由には、酸素消費の増加と、酸素供給の減少が挙げられます。溶存酸素の多くは、湖底にたまった有機物がバクテリアによって分解されるときに消費されますから、たとえば富栄養化が進行して、湖底に多くの有機物が堆積した場所は、酸欠になりやすいのです。一方、酸素の供給は、先ほど述べた冬期の循環に依存しています。
最近のように、地球温暖化が進行すると、冬期の気温が下がらなくなり、全循環が発生しなくなるので、湖底まで酸素が供給されにくくなります。溶存酸素の低下は、生物の斃死をもたらすだけでなく、底にたまった栄養塩や重金属の溶出をもたらします。人間で言えば、心不全の手前といえます。琵琶湖が、まさにこのような状況に差しかかりつつあることを、私たちは今、深刻に捉え警告を発しています。

図2 これまで学術雑誌で報告されたデッドゾーンの積算数。
10年毎の階数で表示している。1960年以降は、10年ごとに2倍ずつ増加している。
(Diaz and Rosenberg,2008を改変)


一口メモ
水の混合
 水は、なかなか混じりにくい性質を持っています。たとえば、アマゾン川には白い川と黒い川があり、両方の川が出合ってからも、数キロにわたって混じりあうことなく平行して流れます。琵琶湖でも、高時川と姉川が合流すると、色の濃さの違った水がずっと下流まで流れていきます。水が混合するためには、お風呂の水をかき混ぜるように、何かの力が必要です。それは、風の力だったり、水流の強さだったりします。混じりやすい状態のことを物理学では、不安定な状態と呼んでおり、よく混合した水の中では、密度はほぼ一定です。一方、安定な状態の水は混じりにくいといえます。地球温暖化が進行すると、海洋や湖沼の表面水は熱せられて、安定になります。こうして、上下に混合しにくくなるので、底では酸素不足になりやすいのです。




Posted by びわ湖トラスト事務局at 16:23Comments(0)琵琶湖